@choku1stの雑記

やりたくないことをやってる余裕は人生にない

留年4回したとある大学生の話【第4話】ポケモンサークルとの邂逅

【3年前期】

 

 

 

 

 

大学3年生になる少し前、

新学期が近づいても相変わらず大学に行くモチベーションが湧かなかった

 

ポケモン楽しいいいいいいいいいい」

メガガルーラちねちねええええええ」

 

そんなことを言っている間に

ふとTwitterを見ると妙な通知が来ていた。

 

 

 

”某国立大学ポケモンサークルさんがあなたをフォローしました。

 

 

 

ぽ、ポケモンサークル????

長いこと部屋から出ずにポケモンしかやっていなかった私は震えた。

まずうちの大学にポケモンサークルなんてサークルがあったのか?

新歓では名前は見当たらなかったが、

どこでどんな活動をしてるんだ?

 

 

非常に強い興味が湧いたので秒でフォローバックした。

すると秒でDMが届いてさらに手がブルンブルン震えた。

 

 

 

 

 

 

連絡を取り、待ち合わせ場所である学食へ向かう。

これまた心臓がものすごくバクバクする。

当時は意識していなかったが、

SNSで知り合った人間と実際に合う行為、

所謂オフ会だったのだ。

 

人生初オフ会なんて緊張して当然である。

指定の場所に近づくと、

きょろきょろしている自分を察知してか手を振ってくれた。

そして一目見ただけで、

「アッ、この人たちポケモンやってるわ」

ってわかる雰囲気(←失礼)の3人と出会う。

ポケサーの創設メンバー3名である。

 

 

 

話を聞くと、

どうやら大学には登録されていないサークル、

所謂”有志団体”という状態で、

学食やメンバーの家などに集まって活動しているそうな。

更には大学対抗のリーグ戦にも出場するとのこと。

 

 

 

 

楽しそう(小並感)

 

 

 

ポケモンは家に引きこもってやるもの、

ポケモンの友達はネットで作るものだと

そう思い込んでいた自分は衝撃を受け、

話を最後まで聞き終わる前に入部を決意していた。

ポケモンについてコアな話ができる人が大学に居て、

その人たちが集まって一緒に喋れる

ということ自体がもう嬉しかったのだ。

 

後に2名が合流し、

自分を含めた6名で活動していくことになったが、

この”サークルではない謎の団体”が

学食にあつまってゲーム機を持ち、

気持ち悪い笑みを浮かべながら話をする集会、

通称ポケサーに入ったところから大学生活の第2章が始まることとなる。

 

 

 

 

 

 

新学期になってもやはり、大学に行くモチベーションは上がらなかった。

 

この期に及んでも、である。

 

ここらでさすがに皆さんは、

 

「学費はどうしてるの?」

「親はなんて言ってるの?」

 

といった疑問が浮かぶと思うが、

結論を先に述べると

 

学費は全部自分がバイト代と奨学金で賄えていたし、

親はめっちゃぶちぎれてた

 

そう、

国立大学の学費の安さ、

寮の激安の固定費と、

成績優秀者?貧困家庭?に渡される貸与型の奨学金と借金タイプの奨学金

そこにバイト代が加わって

学生一人でも貯金が作れる環境ができあがってしまっていた

 

これでは留年によって生じる問題の1つであるはずの

”金銭的な危機感”が生まれない。

 

更に自分一人で大きくなった気でいた自分は、

学費も仕送りも1円も出してないくせに留年することについて怒ってくる親に逆切れしていた。

※今でも8割くらいは自分で大きくなったと本気で思っている

 

さすがに留年する子供に親が怒るのは当たり前だと思ったが、

 

自分の金で留年してるんだから自分の勝手だろう(ふんす!)

 

という私側の言い分が通ってしまい、

何も言い返してこなくなった。

 

すったもんだありつつも、

金銭的、人間関係的に余裕()ができてしまったこと、

更にはポケモンサークルの活動も盛り上がってきたこともあり、

自分の中で大学が割とどーでもよくなってきていた

序列で言うと第3位ぐらい

 

学生なのに本業であるはずの学業の序列がかなり下がってしまっていた

 

 

 

 

というわけで3年生の前半も

試験日と実験系科目以外全く大学に行かなかった。

世の中にはこんな狂った考えのヤバい人間もいるのだ。

 

 

 

 

 

 

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【ポケサー交流会編】

 

 

大学も3年生の夏休み。

ポケモンサークルの居心地が良くなってきたころに、

他大学との交流会があるそうで、

興味本位で参加してみた。

 

これが結構な人数が集まるオフ会で、

他の大学のポケサーの規模の大きさに驚いた。

えっ、女の子がいる!

何十人いるんやおい

語彙力がなさすぎるオタク、

淫夢語録だけで会話するホモ、

性玩具を集める帰国子女、

ポケモンうまいガチムチの韓国人など、

キャラが濃すぎる人間がいっぱいいた。

 

自分はだいぶヤバい奴であるという自負はあったが、

ヤバさのベクトルの向きは違えど、

その大きさは自分をはるかに凌駕する面々を前に、

”単位落として留年が確定してる奴”程度の

つまらんキャラ設定の自分がかなり霞んでしまって、

井の中の蛙感を味わった。

 

この経験はかなり衝撃的で、

とても元気をもらえたのを覚えている。

 

あと中学高校の同期と再会してわああああああってなった♨

 

 

これがめちゃ楽しかった(KONAMI感)

 

 

頭がいい大学が作るクイズはレベルが高いし、

ポケモン強い人いっぱいいる!すごい!

パーティー作りの発想が勉強になる!

何よりモチベーションが高い人間が集まっているだけでかなりの刺激になり、

ポケモンというコンテンツが更に好きになった。

ポケモンが好きという共通点から派生して

ラブライブアイドルマスターなど

別のオタコンテンツの話が弾んだのも高ポイントだった。

推しも布教したしされた。

 

 

焼肉もおいしかった。

2000円弱、学生向けの安い肉を使った食べ放題なのだが

これが何故かおいしい。

 

体育会系特有の飲ませや下品なコールもない、

ただ笑いながら肉を頬張るだけで

いつもの飲み会より圧倒的に充実している気がした。

オタクと食卓を囲むひとときは新鮮で格別な空間だったのだ。

 

”オタクと食べる飯は美味い”

と脳に深く刻まれたのはこの時である。

 

オタク トモダチ

オタク タノシイ

 

 

またこの時期に新しいソシャゲを始めてしまう。

 

グラブルこと

グランブルーファンタジーである

 

はい。

 

この頃は単に話題作りのために始めようとしたのがきっかけだった。

後輩も、交流会で知り合った方々も、

みんなやってたし…

 

メインのゲームはポケモンだったので

当時は大してやり込みはしなかったが、

強い編成を組むのに膨大な時間がかかることは分かったので、

長くできそうだと思いチマチマと触っていった。

 

 

 

 

 

 

 

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【3年後期】

 

 

「チョクさん大学で見ないですよね、ちゃんと大学行ってるんですか?」

 

ある日、ポケサーの後輩に聞かれてしまった。

若者は正直である。

自分の疑問を素直な気持ちでど真ん中にストレートを放ってくる。

直球すぎたので素直に打ち返すことにした

 

ワイ「行ってないやで」

 

後輩「行かないとまずくないですか?」

 

 

た し か に

 

正論すぎて困ってしまった。

そしてサークルの後輩という見知った顔の人間が

自分と同じ科目をいくつか履修することを知るや、

すぐに大学に行くようになった。

 

何とも失礼な話なのだが、

その後輩はあまり勉強が得意ではなく、

そんな後輩が欠かさず授業を受けているのを見て

「こいつも頑張って授業出てるんだからワイも行ってやるか」

といったマインドだった。

ひどい人間だし、一体何様なのか

 

当時、例のアレシリーズやsyamuさんの動画がマイブームだったこともあり、

”下を見て安心する精神”が身についてしまい、

どんな行動を起こすにもまず

”下を見て心を落ち着かせて動く”ことが習慣化されてしまっていた。

 

クズ人間のクズ化はどこまで進むのか

 

 

しかしながら

ポケモンサークルの交流をきっかけに

よく見るようになったsyamuさんの動画では本当に元気をもらった。

 

「syamuさんでもできる!」

「無職でも楽しそうに生きている!」

 

といった罵倒コメントの数々を引き出し、

人に勇気を与えられる存在であるsyamuさんは、

自分が尊敬する人物の1人でもある。

 

 

ただ、いくら勇気をもらっても

2年近くクズ大学生生活を送ってきた自分には、

そもそも大学に行くというルーチンワークが体に刻み込まれていないため、

無遅刻無欠席のハードルは結構高かった。

 

結果を先に言うと

何科目かは落としてしまったが、20単位ほど取れた

 

真面目に大学生やろうと考えを改めたわけではなく、

「とりあえず行ってみよう」

くらいの、気まぐれに近い軽いノリだった。

 

遅刻も欠席も1科目につき2~3回とかなりの頻度であったが、

それでも4期連続0単位の人間からしたら大きな進歩である。

 

ゲーム9割、大学1割くらいの時間配分になってしまっていたため、

時間のかかる難解なレポート課題には対応できず撃沈していたが、

なんだかんだで卒業に向かって半歩くらいは進んだ。

 

このタイミングで取った第二外国語の単位や

英語の単位が無ければ卒業できていなかったので、

まずくないですか?

と声をかけてくれた後輩には感謝の意を表したい。

そして気まぐれだったとしても、

その声で動けた自分に拍手を送りたい。

 

 

 

 

スポーツ大会前の練習では、体に異変が生じた。

ちょっと動いただけで、

翌日に筋肉痛が発生するようになってしまった。

ハタチを超えると翌日に疲れが残るようになるんやで

と言われていたが本当だった。

既に21歳✊になってしまっていたことに気付き、

時の流れの速さ、

体の老いに若干の焦りを覚える。

大学生活、一瞬で終わるやん。

 

そして3年間丸々経過して、

新しい知識が全く手に入れられてないこと、

体だけが老いていることに気づく。

 

このあたりから、自分の生き方を見直す時期になる。

 

 

 

 

 

雪が降る季節になり、

3年生の終わりに差し掛かると、

ゲーム廃人兼、考える人になっていった。

21歳で「とし取った」だと?10年早いわ!

と言われそうではあるが、

老いを実感し、ネット上やリアルで様々な人と出会って

人生について考えるようになった

 

(※人生について考えてはいるが、大学生を真面目にやろう、授業にちゃんと出ようという考えは微塵もないので、傍から見ても自分から見てもクズ人間には変わりなかったと思うが、振り返るとこの時点でたいぶ成長した人間になっていたことに気付く。)

 

 

”人との出会いは人を成長させる”

みたいなこと誰かが言ってたけど、

これは間違いない。

色んな人との出会いこそ宝や!

 

 

そんなことを学んだ大学3年生は最終学年になろうとしていた。

(最終学年とは言っていない)

 

 

 

 

ポケモンサークルとの出会いは本当に運命的で、

間違いなく自分を動かす力になっていた。

 

当時の自分にとっては

「オタクと集まって騒ぐだけのよくわからん場所」

程度のものだったが、今思えば

留年確定しておかしくなった人間へ差し伸べられた救いの手だった。

 

 

 

 

 

 

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つづく

 

5話→

留年4回したとある大学生の話【第5話】激変する家庭 - @choku1stの雑記

 

 

1話→

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記