@choku1stの雑記

やりたくないことをやってる余裕は人生にない

留年4回したとある大学生の話【第13話】留年は悪いこと?【最終回】

 

社畜になる前に】

 

 

2021年2月

 

 

 

寒すぎる

 

 

私は雪片付けをしていた

冬の会津は人の住むところではない

起きたら車も自転車も埋もれているのだから。

 

 

住居を解約し、

軍資金がそこそこあったので、

東京のネカフェで豪遊して過ごす考えでいたが

さすがに例のウィルスに感染して時間を棒に振るのはもったいないし

内定取り消しなんて食らった日には泣いてしまう。

 

 

実家で過ごすのが丸いと判断し、帰省した。

母親が県外に単身赴任しているようで

あれだけ居心地が悪かった家も

そこそこ快適な空間になっていた。

 

 

 

 

それでは

ブログを書いているこの日現在までの半年間を、

とりあえず記していこうと思う。

 

 

 

 

大学最後の夏休みが明けて少しして、

バスケサークルの活動が再開した。

 

大学からの許可メールを見たときはテンションがぶち上がった。

 

窓を全開にしろとか、

運動中を除く全ての時間マスクをつけろとか、

細かい規定がめちゃ多かったが

体育館でボールがつけるだけで嬉しかった。

 

サークルのLINEもワチャワチャと盛り上がり、

体育館に集結する。

 

 

「チョクさん!?チョクさあああああああああん!!!」

 

 

今年初めての声掛けは体育館だった

新年明けて10か月後である

 

 

「前期何してました?!大学で見つけられなかったんですけど!」

 

 

ワイ「就活してた(照)」

 

 

「チョクさんが就活!?」←失礼

 

「内定もらえたんですね!よかった~^^」

 

「卒業までよろしくお願いします^^」

 

 

 

うむ!こちらこそよろしくね~

 

本当に後輩に恵まれた留年生活だった。

老害を長いこと置いてくれてありがとう。

 

 

 

新入生もこのタイミングでたくさん見学に訪れていた。

 

バスケの名門校出身の子もいて

かなりハイレベルだった

 

 

「ワイが大学入った時点では、この1年生たちは小学生だったんよな…」

 

 

背筋が凍った。

 

浦島太郎はこんな気持ちだったのかな?

 

この貴重な時間を噛みしめようと、

次の活動休止要請が出される12月末まで

サークルは1日も休まなかった。

 

 

 

 

たくさん遊んだ。

 

カラオケにほぼ毎日行く週もあったし、

ボウリングにもかなりの金額を費やした。

 

社畜になる前に人と会っておこうと思い、

 

知り合いのいる仙台や東京にも足を運んだ。

 

 

 

第2の実家でもあるラーメン二郎仙台店には隔週ペースで足を運び、

ポケモンサークルで知り合った先輩、後輩と麺を啜った。

この人たちと会うためなら電車代など惜しくなかった。

 

え、働いてたんですね!

 

なんて失礼なことを口走ってしまったのは許してほしい。

 

自分が言えた立場ではなかった。

 

 

埼玉に住まう同期は”自分が思い描く理想の社会人”の生活をしていた。

連日趣味を満喫し、

本棚や積みゲーが充実していた。

ワイもこれになりたい!

 

 

 

 

ポケモンサークルのOB飲みもした。

自分だけ現役だったが実質OBということにして開催

実はすでにOB会は第3回を迎えていた。

一期生を輩出するまで時間がかかった珍しい団体。

いない人間の話題で5時間話せるから凄い。

来年も必ず開催しましょう。

 

 

 

部屋のモノをひたすら売った。

本にゲームに大人のおもちゃ(未使用品)

貰ったけどサイズが大きすぎて合わない衣服なども売り払った。

リサイクルショップまではかなりの距離があったが、

デカいリュックに詰め込み、

自転車を何キロも漕いで往復した。

 

 

地元の麵屋もたくさん回った。

この時期は3日に1回は麵屋に足を運んだと思う

 

もうこの時期を逃したら

次にこの麺を食えるのは何年後になるかわからない!

 

そんな思いで10キロ以上離れた山にある麵屋に自転車で通ったりもした。

食べる前に満身創痍だったが、

帰りの下り坂は気持ちよかった。

 

 

 

賃貸を解約した。

車持ちの後輩には頭が上がらない。

洗濯機や冷蔵庫など、

大型家電の処分にも付き合ってくれたのだ。

 

解約も順調

退去費用は1万円ちょいを予定していたが

3万円の敷金を払っていたので、

そこから1万円を差し引いた2万円が

自分の口座に振り込まれた。

まさかの臨時収入である。

 

正直、1人暮らしをするならば

不動産に関する知識は全人類身に付けるべきだと思う。

少なくとも国が定めた賃貸の入退去時にかかる費用の

ガイドラインには目を通しておかないと、

大手の不動産会社であろうと確実にぼったくられる

 

めったに明るみに出ることのない不動産業界の闇は深いのである。

 

 

退去後に追加で請求されないように、

部屋の写真を隅々までスクショしまくったりもした。

 

 

 

こんな感じで大学生活の全てが終了した。

 

 

 

 

 

____________________________________

 

【留年について思うこと】

 

 

いかがだっただろうか。

覚えていること、印象に残っている言葉などを

適当に書き殴っただけなので

かなり拙い内容になってしまったかもしれないが

そこは申し訳ない。

 

 

 

最後に、

 

「自分は留年してよかったと思うか」

 

について話そうと思う。

 

良かった点と悪かった点があるので

断言するのが難しいのだが、

曖昧なことを書いて濁すのも参考にならないと思うので

はっきりと書くことにする。

 

もしあなたがこれから大学生活を送るならば…

 

 

 

 

 

「留年はしない方が絶対にいい!」

 

 

 

はい。

これだけ留年してるのに満足そうに書いておいて、

意外かと思われるかもしれないが、

しないほうが良い。マジで

 

 

留年生活の中で多くの学びがあったが、

”留年しなくても学べる”ことが大半である

 

特に時間を持て余した中で身に付けた

生きる上で役に立つ経済や法律の知識は

自分でいくらでも時間を作って勉強が可能なものだ。

 

あとお金の勉強をするとわかることだが

投資において時間の価値はものすごく大きい

 

投資の神様ウォーレンバフェットも、

「私は11歳で投資を始めたが、私はそれまでの10年間、無駄な時間を過ごしていたということだ」

という言葉を残しているが、これは真理。

 

4年間留年して、

アベノミクスのビックウェーブに乗り遅れて

資産拡大のチャンスを棒に振ったのが悔しくてたまらない。

 

もしも、自分がこの記憶と知識を保持したままタイムリープして、

お金だけのことを考え、

人間関係を完全無視するのであれば、

大学を1年生の時点で中退して就職をし、

資産形成に力を入れていただろう。

 

※後から知ったのだが、”大学中退”というのも”高卒”よりは評価されて少しだけ高い給料がもらえる。

 

 

また卒業までの道筋に関してだが、

”先輩から話を聞くだけで十分”である

何期もの学生、

様々な教授から話を聞いた結果、

ありえないほどイージーモードにはなったが

そこまで難易度を下げなくてもやっていけたのではないかと思う。

 

 

 

なんだよw

留年するってやっぱりカスの所業じゃないか

 

 

 

 

留年は確かにしない方がいいと思う。

 

しかし私は、

 

「留年が悪いことだとは思わない」

 

 

苦手な科目で単位を落としてしまった。

モチベーションが上がらなかった。

推しに貢ぐのに夢中だった。

ソ廃になってしまった。

 

なんらかの理由で留年してしまうことがあるかもしれないが、

留年は大きなチャンスでもある。

 

留年するという経験と、

留年によって得られる時間は、

ストレートで卒業していく優秀な人間には得られない

「特別なもの」になる。

 

 

 

苦手な科目があるならば、

それは自分の仕事にするべきではないという指針になる

 

モチベーションが上がらなかったのならば、

学びはなくても自分を見つめなおす時間になる

 

推しに貢ぐのに夢中になれたなら

大切な人にはとことん尽くせるという長所がある

 

ソ廃になってしまったなら

1つのものを続ける集中力と、本当にやりたいことはこれだという気付きになる。

好きだから廃人になるのである

 

 

事実、私は留年してからでないと見えないことがたくさんあった。

 

留年してからの生活そのものや、

留年して学んだ経験は、

就職活動だけでなく、

これからの人生を生きる上での大きな武器になった。

そこら辺の大学生よりは確実に、圧倒的に生活力がある。

 

所謂エリート街道を歩んで優良企業に就職したが、

老後の年金問題に頭を悩ませ、

定年後も天下りをして死ぬまで働く、

そんな人間よりよっぽど良い人生を送れる自信がある。←失礼

 

 

もしかしたら挫折を経験せずに生きてきた、

大学入学時の自分のような

意識高い系のイキリ社会人と出会うかもしれない。

しかしそいつよりは確実に、

壁にぶち当たったときに折れない自信がある。

 

 

”嫌だったら辞めればいい”

最強のマインドも手に入れた。

埼京線のホームから飛び込みなどありえない。

自分には無限の逃げ道と選択肢があるのだから。

 

 

 

そうなのだ。

自分は留年によって強くなれたのだ。

 

なので自分は

 

「留年してよかった」

 

 

と、

これから新しく出会う人や

大学の同期や先輩、後輩たち、

昔からの知人にも胸を張って、

酒の席でそう語り続けていきたいと思う。

 

 

 

 

しかしながらあくまでこれは自分という1人の人間の成功体験でしかない。

環境も性格も人によって違うだろう。

 

 

トップアスリートの

 

「こういう練習をしてプロになれました」

 

という成功体験談が大多数の人間には全く当てはまらないように、

 

「留年4回してもこんなふうに卒業して就職できました」

 

というのは全く参考にならないので、

進んで留年を狙いに行くのは絶対にオススメしない

 

 

 

 

 

まとめると、

 

 

「留年はしない方が絶対にいいと思う」

 

けれど

 

「留年が悪いことだとは思わない」

 

そして、

 

チョクという一個人は「留年してよかったと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

読む人にとっては

失敗談でも成功談でもない

 

これはあくまで

クズ大学生が歩んだ道のりを綴っただけの

日記のようなものである。

 

少しは参考になっただろうか。

 

 

参考にならなかったとしても、

留年するかもしれない大学生の皆様、

留年してしまった大学生の皆様、

もしそれが、1~2年程度の留年であるならば

下には下がいることを知って安心してほしい。

 

少しは勇気を与えられただろうか。

 

 

そして最近どこか元気が出ない真面目な社会人の皆様に、

 

少しは元気を与えられただろうか。

 

 

 

元気になってくれたら嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

留年4回したとある大学生の話は

 

これでおしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

 

【締めの挨拶】

 

 

このクソみたいな長文に最後までつきあってくれた皆さま、

ご清聴ありがとうございました。

 

当初は記事1つで終わらせようと思ったのですが、

書いてるうちに5万字超えちゃうなと気付き始め、

全13話に分割させていただきました。

アニメの1クールのようです。

 

もともとリア友への生存報告が目的で書いたのですが、

いつの間にかフォロワー数の2倍くらいの人が毎話読んでるみたいで

なんか恥ずかしくなってきました。

そのうちアカウントに鍵かけるかもしれません(汗)

 

そして

ネット上でお友達になってくれた素敵な皆さま、

ありがとうございました。

オフ会や通話で

フリーランスやってます」

って言っていたのですが、

実はフリーランスに限りなく近い大学生やってました。

すみません(照)

 

最後に

リアルで自分に関わってくれた全ての皆さまに、

心から感謝の意を表したいと思います。

 

8年間本当にありがとうございました。

 

 

 

遅ればせながら、

来年度からそちら側(社畜の世界)に飛び込みますので、

今後も暖かく見守っていただけると幸いです。

 

 

時間に余裕ができたら

日本全国どこでも駆け付けます、

飯にでも誘ってやってください。

 

 

 

退屈させない土産話をお届けできる社会人に

なれてるといいなぁ

 

 

 

 

fin.

_______________________________

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記

留年4回したとある大学生の話【第12話】意識高い系就活生

 

 

 

【しうかつ開始編】

 

 

 

フェルマーの最終定理をご存じだろうか。

 

3以上の自然数nについて

 

xⁿ+yⁿ=zⁿ

となる自然数の組(x,y,z)は存在しない

 

というアレである。

 

 

この定理を発明したフェルマーさん、

実は数学者ではなく裁判官だったのだ。

フェルマーさんが生きていた時代の裁判官は、

私生活における制限がかなり厳しく、

プライベートではなるべく人と会わずに自宅にて自粛せよ!

という制約があったらしい。

 

我々が自粛要請中にネットフリックスで時間を潰すように、

フェルマーさんは自粛期間中に

数学の問題を解いて時間を潰していたのだ。

 

そしてこのフェルマーさん、天才すぎて

過去の天才数学者たちが残した難問をアップグレードして

自分で解くという遊びをしていた。

 

そしてそのアップグレードした問題を

現役の数学者に送り付け、

解けない数学者たちをあざ笑うことを趣味にしていたらしい。

フェルマーの最終定理ピタゴラスの定理x²+y²=z²(直角三角形の斜辺がz)っていうアレのアップグレード版

 

 

フェル「ハッハッハ我は裁判官ゾ?アマチュアの我が作った問題をプロの貴様らが解けんのか?ざぁこ♡」

 

数学者「くそぅ…解けない…」

 

フェル「んぎもぢいぃぃぃwww」

 

 

 

ワイ「フェルマーさんマジかっけー!」

 

 

 

ワイもこれやりたい!

 

性格が相当ねじ曲がっていたフェルマーさんだが、

私も相当性格がねじ曲がっていたので、

アンチ留年勢のへこみ顔を横目に

4回留年した状態での就活で完全勝利したかった。

 

 

しかし私はフェルマーのような超天才ではなかったので

 

 

死ぬほど就活に力を入れた。

 

 

 

 

就活シーズンの数か月まえから準備をし、

 

バイトもシフトに融通の利く牛丼屋以外の全てを

休職、または退職してかなりの時間を割いた。

 

 

 

超意識高い系学生の再来である。

 

 

 

まずは自己分析だ

自分のことがよくわからない奴など自分を企業側に売ることは決してできない。自分の得意不得意、どんな知識や技術を持っていて何ができるか書き出してみよう。そうだ久々に生放送をやろう喋っているうちにリスナーから何かヒントをもらうことができるかもしれない。そうだDiscordに行って団員さんと話そう何か気付きがあるかもしれない。年表を作ろう自分の過去を見返せば自分の強みがよりはっきりと見えてくるかもしれない。(オタク特有の早口)

 

全体的な働く動機を固めよう

自分の人生における優先事項は何だ?金か?仕事内容か?時間か?どんな仕事ならやりがいとゆとりのバランスを保って生活できる?将来はどんな社会人になりどんな老後を迎えどのようにしんでいきたいのだ?(オタク特有の早)

 

働く動機が定まったら自分の条件に強くあてはまる会社を探そう。

それなら絶対本番でもすらすらと答えられるはずだ。更に似たような会社がいっぱいあるので「なぜうちなんですか?」などという愚かな質問に対する答えを10個は用意しておこう。同業他社に比べたいいところを徹底的に洗い出し、営業成績はもちろん会社の歴史も徹底的に調べよう。ねんのため会社の評判は複数の口コミサイトを参考にしてイメージを付けておこう。(オタク特有の)

 

これらを踏まえてESだ

このふるいを通過できないようでは話にならない客観的な視点を大切にするため何人かに見てもらおう。絶対に自分の入学年度と卒業見込み年度を見てん?と思うだろうがこれはチャンスだ。それを逆手にとってより多くの経験と知識を大学で得たという方向でアピールをしつつ、かつ謙虚に、若い人事が見ても年配の人事が見ても違和感のないように仕上げていこうコピーを取って推敲を重ねていこう。(オタク特有)

 

身だしなみを整えよう

なんだかんだ清潔感は大事だしあまりにも貧乏くさいアイテムもダメな気がするので靴はリーガルからいいものを新調しよう未だに時計の価値=人の価値だと思っているジジイ対策に腕時計も用意しよう高い有名ブランドに関してはいいものの値段が青天井なのでとりあえず有名ブランドのパチモン(中国産)を入手していこう体型は問題ないので化粧水で肌艶の維持をしつつひげのそりのこしだけは気を付けよう。(オタク特)

 

ひたすら面接の練習だ

間違いなく一番の労力の割きどころだSPIなどのペーパーテスト系には絶対の自信がある。ペーパーテストで切られるようならそれは分不相応だったということだ諦めよう。自頭オバケの東大卒のエリートだって参加している可能性があるんだ仕方ない。なんだかんだ言って面接が全てだ。あらゆる質問を想定してあらゆる回答を用意しようしかし志望動機を太い柱として据えて決してぶれないように気を付けよう。クズ大学生生活をそのまま語った場合リスクが高い。真っ当な大学生活の中で仕方なく留年してしまったというストーリーを構築し破綻しないロジックをくみ上げよう。実際には在学中に海外に留学してないしボランティア活動に参加したこともないがそういう連中の経験談は飲み会で聞いた8年分のストックがあるのでこれを使っていこう。場数を踏むことも大事だとりあえず周りの人間に練習を手伝ってもらおう圧迫面接にも耐えられるようにそれはなぜですか責め×5セットくらいの練習をしておこう。(オタク)

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

【しうかつ終了編】

 

 

 

^^~♪

 

 

 

自分は大変晴れやかな気持ちでいた。

 

 

結局、民間企業を5社受け

 

 

5社とも内定をもらうことができた。

 

 

パーフェクトである。

 

 

こうして、ひとまず就活は終わりを迎えた。

 

 

 

公務員にも2つ合格していたため、選択肢は7つになり、

留年4回した大学生はなんとか

内定7つもらったいい感じの大学生

にまで上り詰めた。

 

 

逆なろう系かな?

 

 

 

 

単位も取りきり、

 

卒業論文はかなり早い段階から制作に取り掛かっていたこともあり

 

周りに比べて圧倒的な余裕をもって提出することができた。

 

フラグなど一切立たない、本当の勝ち確定演出である。

 

 

 

 

感想を語るのであれば

 

就活、めちゃめちゃ楽しかった!

 

もう一度やりたいぜᕙ( 'ω')

 

 

というか面接がめちゃめちゃ楽しかったので、

面接がやりたくて

9月も公務員系の受験を申し込んでいた。

 

やはり対策をガッチガチに行っていたのが功を奏し、

自頭測定のような変な質問を含む

あらゆる質問に、

ほとんどラグを発生させずにサラサラと答弁できたため、

どの企業の面接もかなりの好感触だったのを覚えている。

 

”知識は武装

これは真理である。

徹底的に調べ上げた企業に関する知識、

その企業のある地域特性にかんする知識、

労働法、企業法に関する知識、

投資の勉強の過程で身に付けたお金の知識、

簿記などの会計知識が広く浅くあったため、

人事の質問の意図や、気持ちが手に取るように分かったのだ。

 

某メンタリストにでもなった気分である。

 

 

 

集団面接は余裕がありすぎた。

同じ組だった学生も、

背丈は自分よりかなり大きかったが、

なぜか自分よりかなり幼く見えた。

※実際自分のほうがかなり年上である

留年して無駄に歳をとったことがここでアドバンテージになる。

緊張の”き”の字も無かったのでかなり冷静だった。 

 

自分以外の学生が

ちょっとズレてるかな…

という回答をするたびに心の中でガッツポーズをしていた。

詰まることなく自然な答弁ができたのが自分だけだった時点で

「はい勝ち格」

という感覚だった。

 

 

 

時期的にコロナショックが重なったが、

バタバタしたのは企業側だけで、

自分はマスク1枚装備するだけだったので特に動揺しなかった。

移動に使った夜行バスは自分以外誰も乗っておらず

完全貸し切りの状態で快適そのものだった。

※ただし総武線てめーはダメだ。

 

ちなみにリモート面接を実施したのは1社のみだった。

 

コロナショックは逆風にならない。 

むしろ面接の際に、新型コロナによる経済の影響を組み込み、

志望動機をより強固で説得力あるものに進化させることができたので、

不謹慎かもしれないが、

味方になってくれたコロナに感謝したい。

 

 

そしてあれだけ万全の準備して挑んだ面接も、

本番で初めて気付いたことがあったことも大きい経験だ。

それは

語彙が少ないことは長所になりうる

ということだ。

説明がわかりやすいね

と言われて嬉しかったのだが、

実はたまたま会話の中で適切な言語が見つからず、

小中学生が使うような言葉しか出てこなかっただけなのだが、

今思うとこれがいい方向に働いていたのだ。

小中学生でも知っている言葉は相手にもわかりやすい

 

社会に出る前に大きな学びを得た。

 

 

 

就活も採用される定員があるため、”競争”である。

「みんな違ってみんないい」という考えの甘ちゃんは消えてくれ。

という強い気持ちを持っていたこともあり、

そのネクタイ、ちょっと結び目が平たすぎないか?

顔に生気がないな?

という就活生らしき人を見かけるたびに

こいつには負ける気がしないな(確信)

と、自身が沸き上がっていったのも覚えている。

 

 

 

体育会系の世界に生きてきてよかった。

 

 

 

 

 

細かく書くと3万字を超えそうなのでこの辺にしよう。

就活について書いているブロガーは多すぎて余ってるし…

 

 

 

以上が大学8年生が就活で

ざっくりと抱いた感想である。

 

 

人事担当の皆様、

私を評価してくれてありがとうございました。

 

 

 

_______________________________

 

 

【8年生の夏休み】

 

 

 

大学生活の、

本当の本当の最後の夏休みになった。

 

 

就活が終わっても新しい知識を入れることが楽しい人間になってしまったので、グラブルをポチポチと周回しながら教養系Youtuberの動画を眺めていた。

 

NBAもコロナバブル(※オーランドにあるディズニーランドの体育施設を利用したプレーオフトーナメント)での盛り上がりを見せ、

自分も試合をチェックしながら興奮していた。

レイカーズ優勝おめでとう!

 

 

 

 

世間はまだまだコロナ。

 

大学もコロナ自粛が続いており、

サークル活動もできない。

 

 

他にやることが特になかったので部屋の掃除をした。

 

とにかく部屋の掃除をした。

 

 

不動産の知識も頭にあったので、

退去費用を極限まで安くしようと

家の細かいところを隅々まで磨いた。

 

これで不当な金額請求されたら裁判起こさないとな…

裁判用のお金でも用意しておくか…

 

など、色々と余計なことを考えられるくらいには心に余裕があった。

 

 

8年間愛用したベンチプレスくんも新居には持っていけないだろうと

処分することを決意し、

車持ちの後輩に手伝ってもらいゴミ処理場へ。

ありがとう。

 

 

 

 

 

他にやり残したことはないかな

 

 

大学8年生も残すところあと半年に差し掛かった。

 

 

____________________________

 

つづく

 

13話(最終話)→

留年4回したとある大学生の話【第13話】留年は悪いこと?【最終回】 - @choku1stの雑記

 

 

 

 

1話→

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記

 

 

 

 

 

 

 

 

留年4回したとある大学生の話【第11話】正社員になろう

 

 

【ワンオペ魔人になった1か月後】

 

 

大学7年生はフリーターを目指していた。

 

 

 

よく考えてみてほしい。

 

このまま就活をして、

就職が決まって、

正社員になったって、

現状のフリーターだって給料はそんなに大きくは変わらない。

 

勤続年数で給料が上がっていくが、

今以上の給料が果たして必要だろうか。

 

マネージャーを見てみよう。

いつ寝てるのかわからないくらい、ずっと仕事しているぞ?

ああなりたいのか?

 

グラブルできなくなっちゃうぞ?

バスケもできないぞ?

税金だっていっぱい取られちゃうぞ?

 

「そんなことないよ。社会人になるといいことあるよ」

 

 

たとえばどんなこと?

 

 

「社会的信用度が上がってもっとクレカが使える」

「ローンを組めるから家も買えるよ」

 

バカ者ォ!

 

クレカの使用金額を増やすなど愚か者のやることだ。

何故この世にゴールドカードやプラチナカードが存在すると思う。

 

お金をジャブジャブ使わせるためだ!

あなたは選ばれた人間です

あなたは社会の勝ち組に類する人間です

 

そう言っておだてて見栄をはらせてモノを消費させ

手数料や税金をいっぱい取りたいんだよ

 

住宅ローンを組むなど情弱のやることだ

ましてローンを組んで新築を購入するなど正気の沙汰とは思えない

ローンで車を買う人間はキ◯ガイ

 

”家賃が7万円ですって?払い続けてなにが残るんですか?”

”家を買えば毎月6万円の支払いであなたの手元には家という大きな資産が残るんですよ?”

 

こんな感じの決まり文句に乗せられて詐欺に引っかかっているとも知らずに、まったく滑稽だ。

資産とはプラスのキャッシュフローを生むものだ。

その家は貴様に毎月小遣いをくれるのか?

時が流れてその家は買った時よりも高い値段で売れるのか?

利息と言う無駄金を搾取されているとも知らずになぁ?

 

車なんか乗った瞬間に価値は半分になってしまうじゃないか

三分の一以下の価格で買える中古車の3倍の性能がその車にはあるのか?

 

 

 

「ぐぅ…正社員は安定してるもん」

 

 

すでに終身雇用など崩壊していることがなぜわからない?

 

いいかモノを作って売る時代は終わったんだ

技術力も市場の大きさも中国には絶対に勝てない

 

これからは能力を持った人間に高い給料を渡す時代なんだ

お前みたいな安定志向の1つの会社に定年までいようとする向上心のないおじいちゃんは給料が高いだけの邪魔者なんだよ

 

 

フリーターこそ最強!!

 

日本社会が1番求めているもの!!

 

 

会社にとっては福利厚生や社会保険料などの余計なコストを用意しなくて済む!安く定額で無限に働いてくれる都合のいい労働力!

 

こちらにとっては自分の時間を自由に用意できる最高の環境!

働きたいときに働いて、働きたくないときに休める!

責任あるポジションに就くわけじゃないので気楽に働ける!

困ったら労基が助けてくれる!

 

WIN WIN だ!

 

 

 

賃金が安いだの、

昔から給料が上がってないだのなんだのと騒がれているが、

 

十分高いわ日本のバイトの給料!

 

それが安く感じるなら貴様の金のかかりすぎる固定費を見直せ。

ちゃんと格安simを使っているのか?

 

DアニメストアYoutube、ネットフリックス、Amazonプライム

 

ソシャゲは基本プレイ無料!

 

家にいるだけでも退屈しない生活インフラがこれだけ整っているのに貧しいと感じるのは貴様の心が貧しいからじゃい!!

 

 

 

 

車の改造マスター

性風俗ますたー

港区女子(笑)のパパ

 

そんなお金が無限に溶ける人種にになりたければ

正社員になればいいさ!

給料の高い会社に限るがな!ハハッ!

 

 

「で、でも年金や社会保障はどうするの?」

 

 

生活保護があるじゃないか!

 

資産が無く、貯金も無く、働けない老人。

 

そんな人間が窓口に来たらどうする?

 

ハローワーク横流しすることもできまい。

 

確実に受け取れる!

 

そうだフリーターは老後の資金など気にする必要はない!

 

稼いだら稼いだ分だけ浪費できる最高の身分だ! 

 

真面目に年金を払って何になる?

年々もらえる金額は減り続けているというのに。

しかも受け取りの際にも税金が発生するのを知っていたか?

いいか正社員とは年寄りどもを支えるためだけに存在する国の奴隷だ!

住宅ローンという楔で自由を奪い、

終身雇用などという甘い言葉でくぎ付けにして、

死ぬまで安定した額の税金を確実に搾り取ろうという寸法だ。

定年超えても働いてくれたら更に税金が取れて、

国は嬉しいよなぁ?

 

 

「くぅーん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

【正社員になろう】

 

 

7年生の11月

 

 

 

私は親戚と飲んでいた。

 

 

 

資金援助をしてくれた祖父の娘で、

自分の叔母にあたる人物だ。

 

40歳すぎで職を辞めて針治療の専門学校に入学し、

経営を独学で学んで開業するという異色の経歴の持ち主。

時代に適応する大人の鑑のような方で、

自分が尊敬する人物の1人だった。

 

この方との会食がなければ、

今でもずっと牛丼を盛り続けていたかもしれない。

 

 

叔母は千葉県に家庭を持っているが、

毎年ボランティアでこちらを訪れていた。

(※ちなみに自分がいつもリアルで着用している“CHIBA”の文字が入ったウィンドブレーカーはこの叔母からの貰い物である)


自分が祖父に資金援助を求めたタイミングで祖父経由で事情を知り、

飯に誘ってくれたようだった。

 

 

 

 

 

酒が進むにつれて叔母の方から、

40歳を超えて専門学校に入ることにした経緯や、

学校での思い出話を語ってくれた。

 

 

周囲が18歳~24歳くらいの年の離れた若者ばかりだったこと。

自分1人だけおばちゃんだったが、

同じ1人の学生として輪に入れてもらえたこと。

人体の骨の名前や神経の名前など、

覚えることが多すぎて、

40超えた人間の頭では無理だと挫折しかけたこと。

学生との飲み会が楽しすぎて卒業が名残惜しかったことなど、

 

自分と共通点がありすぎて

 

「わかる」

 

という相槌しか打てなかった。

語彙力がもともとなかったのもあるが、

心のそこからの”わかる”だったのだ。

 

 

開業の理由については、

旦那さんが高校教師で、夫婦ともに共働きであったため、

税金を節約して収入を上げるために、

会社員という立場を辞めたかったこと。

 

更には、自分の自由に使える時間を増やしたかった

とのことだった。

 

わかりみが深すぎた。

もうこの人と自分の思考は完全に一致しているのではないか?

だいぶ狂った思想だと思っていたが、

自分以外にも似たような考えの人がこの世にいた!?

そう思うと嬉しくなった。

 

 

 

疲れた時は

「今日は終了です」

の看板を立てればいいだけだし、

働きたくない日は

「予約いっぱいです」

と受け付ければいいだけだから簡単だよ!

時給で慣らすと3000円くらいかな?

とも言っていた。

 

医療系の資格って強いなぁ…

と、しみじみ思った。

 

 

 

酒が回っていた自分はフリーター最強論を語った。

 

聞き上手な叔母は

 

「確かに~~」

 

「めっちゃわかる~~」

 

「その通りすぎワロタwww」

 

と、適切な相槌を打ち

1時間以上にわたる長話を聞いてくれた。

 

 

初めて人に将来の進路を打ち明けてすっきりした。

 

ずっと首を縦に振ってくれていた叔母に

 

「フリーター!いいね!がんばりな!」

 

という言葉をかけてもらえるだろうと、

当時の私はどこか期待していたのを記憶している。

しかし叔母が自分にかけた言葉は、

 

 

「もうちょっと考えてみてもいいんじゃない?」

 

 

というものだった。

 

あまりに意外な言葉に固まってしまった。

 

叔母曰く、

 

フリーターは何歳からでもなれる

 

世の中には仕事が思いのほか余っているし、

チョクはまだ若い。

大学生で25歳なんて年寄りだと感じてしまうかもしれないが、

世間一般から見た25歳はとても若いし、

選択肢は無限にある。

なんならチョクくらい勉強の要領がよければ、

今から大学を辞めて医学部を受験し直して医者にだってなれる。

お金は私とかじいちゃんがいくらでも出すもの。

 

 

嫌だったら辞めればいい

 

チョクが思うほど、社会人の世界は過酷じゃない。

むしろ国立大学を卒業できるというだけで、

超の付くブラック企業は本人次第で回避できる。

公務員の試験にも受かっているのだから、

そのまま役所に勤めてみてもいいと思う。

(※この年に教授の勧めで公務員試験受けていた)

もし会社勤めが苦しかったり、

はたまた退屈だったり、

肌に合わないと感じたらすぐに辞めればいい。

私のように専門学校に入って針師になるのもいい。

楽だぞ~^^

 

 

 

 

 

 

涙が流れた。

ただでさえ緩い涙腺がアルコールでさらに緩められ、

涙が止まらなかった。

 

 

ワイ「たしかに!」

 

 

 

反論の1つも出てこなかった。

そして泣きながらゲラゲラと笑ってしまった。

 

 

その通りすぎた。

 

自分はフリーターこそが最強という自分で出した結論を正解と信じて疑わなかったが、

それは人生の中で無数にある正解の1つに過ぎない。

それどころか、

自分にとっての最適解を見つけるチャンスを、

棒に振ろうとしていることに気付いた。

自分はまだ若いなんて、言われるまで気付かなかったし、

世の中が求める人間像ばかりを考えるあまり、

”自分個人”が世の中にどれくらい需要があるのか

なんて、そう言えばよく考えてこなかった。

自分には無限に選択肢が用意され、

それを選ぶ権利と時間がある。

 

世紀の大発見だった。

希望の光を1つ見つけた自分は、

その1つの光だけを見ており、

周りをまったく見ようとしていなかったことを痛感する。

 

 

極めつけは

嫌なら辞めればいい

という最強のマインドである。

人生観が一気に変わった。

 

そうだよ

とりあえずやってみて、

嫌だったらやめればええやん。

会社勤めが肌に合わなければフリーターでいい。

なんなら就活に失敗してもフリーターでいい。

いやいや、

ほかにもいくらでも道はある。

ミスったら何の専門学校を受けようか…

思い切って別な大学でも受けてみようか…

企業してみるのもいいかもな…

 

 

 

 

 

 

 

 

何分かの間、

 

「そうだよな…」

 

と言いながら笑い続け、

落ち着いてから自分は決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

真面目に就活してみよう。

 

 

 

 

 

_________________________________

 

つづく

 

12話→

留年4回したとある大学生の話【第12話】意識高い系就活生 - @choku1stの雑記

 

 

1話→

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記

 

 

 

留年4回したとある大学生の話【第10話】フリーターになろう

 

 

【7年生】

 

 

 

「あれ?チョクさん?なんでいるんすか!?」

 

 

ワイ「えへへ…(照)」

 

 

 

大学図書館で声を掛けられた。

普段勉強しなそうな(失礼)奴らが図書館に…

 

バスケサークルの後輩は自分を見つけるのがうまい。

 

 

 

 

「今年は卒業できそうですか?…え!?来年もいるんですか!?^^」

 

「俺らも大学院進むことになったのでチョクさんと一緒に卒業です!」

 

「一緒に卒業しましょうね!!^^」

 

 

 

 

…泣いた。

 

 

実は今年で卒業することもできたが、

ある感情が芽生えていたのである。

 

「卒業したくない」

 

 

 

 

 

________________________________

 

 

【卒業したくない病の原因その1】

 

バスケたのしい↑↑↑

 

 

7年生になった自分は人生で最もバスケを楽しんでいた。

 

体力や走力はかなり落ちていたが、

シュート力が格段に向上したため試合が楽しくなっていたのだ。

 

ボールにほとんど触る時間が無くても、

シュートさえ入れば試合で活躍できると知り、

 

”バスケはシュート力が全て”

 

という悟りを開いた。

 

 

 

後輩たちもバスケが本当に好きな固定メンバーが厳選され、

5対5の試合ができない日はなく、

それはサウナ状態の体育館だろうと、

冷凍庫のような体育館だろうと、

スポーツ大会の後だろうと試験日前だろうと

必ず試合ができたため、本当に楽しかったのだ。

 

 

社会人のクラブチームの練習にもいくつか混ざっていたが、

大学のサークルが最もレベルが高く、

気さくにプレーできる環境だったため、

この環境を手放したくない思いが強かった。

 

 

 

 

 

【卒業したくない病の原因その2】

 

 

カラオケ、ボウリングたのちい↑↑↑

 

 

 

カラオケやボウリングが破格の安さで、飽きるまで楽しめるのは学生の特権である。

カラオケはフリータイムで12時間!

ボウリングは投げ放題で30ゲーム!

それ以下では満足できない体になってしまい、

この特権階級に居座りたい思いが強かった。

 

また、就職した後輩がボウリングの戦闘力をドラゴンボール並みにインフレさせており、異常なほど熱が入っていた背景もある。

 

 

他にも、麵屋の替え玉無料制度、

床屋の学生料金、

税金面の優遇など、与えられる恩恵は無数にあった。

 

 

 

【卒業したくない病の原因その3】

 

 

その1、その2の

名前書けば入れる地元の工業高校のヤンキーのような

卒業したくない!(ワガママ)というお子様な理由とは違う。

 

極めつけとなる要因は

 

アルバイトだけで生計が立てられてしまっていた”ことにある。

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

【某牛丼屋バイト編】

 

 

 

勤労学生だった自分は

事務、接客、肉体労働、イベントの裏方など

様々なジャンルのバイトを経験していたが、

その当時、唯一

 

「飲食店」

 

というジャンルだけはかじったことが無かったのだ。

 

たまたま家から近かったことと、

良い社会勉強になると思い、

 

「某大手牛丼チェーン店」

 

のアルバイトに応募した。

 

 

 

思えば最初から雲行きは怪しかった。

 

人事担当のマネージャーが面接の待ち合わせに30分遅刻してきた。

 

「合否の結果は、どんな結果でも7日後には連絡します」

 

と伝えられて20日以上放置を食らい、たまらず本社に電話を掛けたりした。

 

 

もうこの時点で危険な匂いがプンプンしたが、

逆にこの黒光りした企業に余計に興味を惹かれ、

めちゃめちゃ元気に質問に答えたのを覚えている。

深夜?いけます!

 

 

最初は地獄だった。

ネットで見た募集の要綱では、

現場に立つ前に研修センターに1週間ほど在籍し、

接客や調理手順の研修を受けるので

未経験でも安心♡

 

といった具合の書き込みが確かにあったのだが、

 

東京にはあるけどここにはない

 

と、マネージャーから一蹴された。

 

だ、だましたな!(焦)

 

いきなり現場に立たされた自分は

死に物狂いで仕事を覚えるしかなかった。

 

まずメニューの量が膨大なので、

ハンディの画面が煩雑になっており注文を受けるのも一苦労だった。

研修バッジを見たら是非、

ハンディで打ち終わるのを確認してから次のメニューの注文をしてほしかったが、

お客様は容赦がなかった。

 

配膳もトレーに乗せる位置が決まっていたため、

マニュアルとにらめっこしながら

写真を確認しつつ配膳をするが、

厨房側からどんどん料理が出てくるわ、

お客さんの呼び出しが鳴りやまないわで泣きそうになった。

 

仕込みの量も多かった。

メニューの数だけ仕込みがあり、

食材の数も結構あったため、

冷蔵庫から目当ての食材を発掘するところから一苦労だった。

 

ワイ「キムチってどこですか!?」 

 

バイトのおっちゃん「チッ…」

 

舌打ちされた。

みんな忙しさで心の容量がペットボトルのキャップ1杯分もないのだ。

いや、この環境でもまれていく中で、

次第に心が荒んでいったのかもしれない。

 

 

 

このバイトやばい

 

 

そりゃあ1年中募集があるわけだ。

 

人材不足になるのも納得の業務内容である。

 

「簡単な仕事なんだけどねー」

 

などとマネージャーはのたまうが、

せめて現場の人間なのだから、

その感覚のバグをいち早く修正してもらわないと

この業界に未来はないと素直に思った。

 

 

人間1人が、余裕をもって回すことができる仕事量をはるかに凌駕している。

 

厨房も厨房で、

マネージャー(正社員のクルー)は肩に携帯電話を挟みながら、マイクでドライブスルーの対応をしつつ、牛丼を盛っていた。

 

別店舗でチーフをやっていたという凄腕のクルー(※1個上の女性だった)

の手の動きは早すぎる。

圧倒的に素早くてダイナミック、

それでいてなめらかで、

丁寧で一切の無駄がなく、

タレの一滴もこぼす気配がない。

 

中国雑技団出身の方ですか?

 

 

「時給は悪くないし、正社員登用制度もあるし、就活ミスったらここで正社員になれるかもしれない」

 

なんて期待感も、バイト開始前はどこかにあったが

もう初日で辞めたかった。

 

一緒にシフトに入っていたおばちゃんバイトも

開始前はやさしそうに

「よろしくね~」

なんて言ってくれていたが、

忙しさで余裕をなくしているらしく、

接客態度はお世辞にも良いとは言えず、

自分へ指示する口もめっちゃ悪かった。

 

 

正 体 あ ら わ し た ね

 

 

 

1週間ほど経つと

 

「チョクくん面接で朝9時まで大丈夫って言ってたよね?」

 

と人事担当から声がかかり、

深夜担当だった自分が深夜と朝のシフトを兼任することになる。

 

 

朝にシフトの希望を入れる人が少なく、

 

1週間のうち5日間を自分が担当することになったが、

 

「稼げるしいいか」

 

程度の軽い気持ちで考えていた。

 

しかし考えが甘かった。

 

朝の時間帯は”ワンオペ”だったのである。

 

※ワンオペとは、ワンオペレーションの略称で、レジ、オーダー、調理、提供、ドライブスルー対応、食器洗い、その他営業報告書等の事務作業を含めた全てを1人で回すことである。

 

 

深夜のシフトで仲良くなったおばちゃんバイトから、

牛丼の盛り方や清掃の仕方、

時間帯限定で出す特殊なメニューの作り方、

などを1週間のうちに教えられていた。

そしてそのことが何故かマネージャーに知られていた。

 

 

物覚えがいい方だったので、幸か不幸か1人で回せてしまったのである。

 

早朝はお客さんが少ないこともあり、

比較的余裕があった。

 

しかし朝食の時間帯になると

そこそこの人数がまとまって一気に入るため、

最初はパニックに陥った。

人は窮地に立たされると成長するようで、

2週間が経つ頃には

牛丼を盛りながらドライブスルーで注文を受ける技術を習得していた。

 

お客さんがメニューを考えてる数秒で1杯盛れるようになり、

メニューを復唱して時間を稼いだ時間で1杯盛れるようになり…

 

成長している実感があって少し楽しかった。

 

 

 

しばらくすると朝のワンオペ担当は、

完全に自分のポジションになっていた。

 

ワンオペ魔人爆誕

 

従業員は誰もワンオペをやりたくないのである。

 

そもそも1人で回すのがアホみたいに忙しい上に、

クレームおじさんとエンカウントした時は地獄なのだ。

対応中は一切調理をすすめることができないため、

売り上げは激減し、本部からの評価も下がってしまう。

そのくせ時給はそのままなのだ。

誰もシフトを入れたがらないのは当然だ。

 

 

 

1か月後にはピンチヒッターも兼任していた。

1店舗あたり1人~3人で回すことが普通なため、

誰かが体調不良で欠勤したり、

寝坊してしまったりするとシフトが崩壊する。

そんな時は

「○○時から入れる人いませんかー!?」

とLINEが飛んでくるのだ。

家が近かったことと、時間に融通が利く身の上だったこともあり、

誰かが寝坊した時の保険、

誰かが体調不良時の交代要員を担当するようになる。

 

 

 

そんな人一倍多くのシフトをこなしているうちに、

収入の額は大きくなった。

 

深夜シフトの時給は高く、

1日の勤務時間が8時間を超えると時給は更に跳ね上がったため、

 

月収は大卒1年目の新入社員より多くなっていた

 

 

労働環境は真っ黒だが、

給与支払いに関しては真っ白でありたいようだ。

 

個人的にはワンオペには手当を付けてほしい。

 

 

 

 

 

 

半年も続ける頃には祖父からの援助金も返済し終わり、

学費、生活費両方にかなりの余裕を持てた。

 

 

貯金がすごい勢いで溜まるようになり、

お金の勉強もしていたので、

このあたりから余剰資金を投資にまわし始めた。

 

 

仕事はいつまでたっても辛かったが

グラブルに熱が入っていたこともあり、

1週間ごとにシフトが組める柔軟なシステムに大きな魅力を感じていた。

 

暇なときはたくさんシフトに入り、

古戦場ではシフトを減らしたり、

朝の時間を断ったり、

有給をつかったりと、

一般的な社会人よりはるかに充実した課金額とマラソンを両立できる環境を手に入れていた。

 

 

 

 

 

そうして大学7年生は進路について考える

 

 

 

フリーターでよくないか?

 

 

 

 

________________________________

 

つづく

 

11話→

留年4回したとある大学生の話【第11話】正社員になろう - @choku1stの雑記

 

 

1話→

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記

 

 

 

留年4回したとある大学生の話【第9話】24歳、学生です。

 

 

 

【6年前期】

 

 

 

「あれ?チョクさん!?チョクさああああああん!!」

 

 

生協の購買を出たところで、

バスケサークルの後輩に声を掛けられた。

 

 

「え?卒業してなかったんすか!じゃあ今日のサークル来れますよね!今年もよろしくお願いします!」

 

 

 

嬉しすぎて涙が出そうになった。

 

「”6年生の”チョクです。よろしくお願いします。」

 

小学校かな?

ひとまず今年が留年2回目であることを噛みしめ、

緊張と嬉しさ混じりで自己紹介をした。

 

偶然にもミニバスで見知っていた5個下の後輩が入学し、

昨年の1年生偽装ドッキリは失敗に終わる。

 

新しく入った女子マネージャーには

名前を「ちょく」と発音する中国人留学生

だと思われたらしく、

「自分中国語取ろうと思ってるんですよ~教えてください^^」

なんて言われたりした。

に、二ぃハぉ~( ^ω^)

 

 

 

人間関係は良好!

学業面も極めて順調!

 

大学生活6年目は最高の滑り出しになった。

 

 

 

…あれ?

 

金銭面の問題はどうなったの?

 

単位落としてなかったっけ?

 

卒業はできるの?

 

 

 

 

 

 

 

__________________________

 

【6年生になる2か月前】

 

 

時は5年生の春休みである。

 

 

自分は生活保護について調べていた。

調べれば調べるほど、その内容に驚く。

 

え、7万円ももらえるの??

え、医療費がタダになるの???

え、家賃が補助されるの????

 

なんじゃこの神制度は!!

 

 

全身が震えた。

月10万稼ぐ労力を一気に軽減できる。

 

天才か?

 

ちょっと待てよ生活保護が7万円

自分の生活費が5万円

 

7万円 > 5万円

 

天才か?(2回目)

 

 

一生遊んで暮らせるやん!!

しかもソシャゲに毎月2万円も課金する余裕まである!!←

 

 

確か老後も金になる資産や財産がなくて、年金がなければ生活保護がもらえたはずだ。

 

天才か???(3回目)

 

もう死ぬまでの全ての一本道が見えた気がした。

 

いや完全に見えた。

 

これで行くしかない。

生活保護による一切働かずに毎日遊ぶだけの人生。

 

不正受給者や、受け取ったお金をギャンブルに投じて困窮する本物のアホが問題になっているようだが、

自分はうつ病(の可能性がある人間)だ!

自分はギャンブルなどしない!

超の付く倹約家だ!

自分のためにあるような制度じゃないか!

 

 

 

 

最高じゃないか!

どうやったらもらえるんだ!?

 

障碍者手帳

 

 

 

 

 

 

 

 

しまったうつ病アピールしておくべきだったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 

 

すぐさま精神科と心療内科を探した。

 

どこでもいい。

 

多少距離があってもいい。

 

交通費をかけても生活保護の受給額を考えればおつりが来る!

 

絶対に手帳をもらうんや!!

 

 

 

 

働かずに手に入るお金が欲しすぎて必死だった。

そして自分の頭の中には、

新しいヴィジョンが出来上がっていた。

 

生活保護だけで生きていくこと」

 

である。

 

自分の生活水準は世間一般から見ればかなり低いものだったが、特に不自由を感じたことはなかったのだ。

家賃を含めても5万円あれば足りたので、

 

7万円なんていただいた日には働かずに貯金まで作れる!

 

そんな計算だったのでニヤニヤが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

しかし現実は厳しかった。

 

 

「んー、うち3か月先まで予約いっぱいなんですよ」

「申し訳ありません、当病院予約のめどが立たず…」

「すみません只今、予約の受付はしておりません」

「すみません…」

「もうしわけございません…」

 

 

 

ガッテム!

 

 

日本社会の闇を見た。

 

 

心を病んだ日本人、多すぎませんかね?

 

一体何がそうさせてしまうのか

 

社会に出るのこわい…

 

5か所の病院が数か月先までいっぱいってどういうことなの

 

 

これでは生活保護で暮らすどころか受給資格すらもらえない。

冷や汗が出た。

 

そして学費の納期もひと月後に迫っていることもあって非常に焦った。

 

どうしたものか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詰んだ自分は最終的に祖父を頼った。

 

幼少のころに離婚した旧父方の祖父である。

 

旧父親とは完全な疎遠となったが、

祖父とは交流があり、

定期的に連絡をもらったり、米を送ってもらったりしていた。

 

祖父の勤めるスキー場でアルバイトをさせてもらったりもした。

 

「金には困っていないか?」

「飯はちゃんと食べてるか?」

「勉強は順調か?」

 

などなど、

在学中、定期的に電話でいろんなことを尋ねられていたが、

金銭的な迷惑はかけられまいと

仕送りの類は完全に断っていた。

妹経由で住所が割れていたので、

白米が3か月に1回くらいの頻度で強制的に送られたりもしていた。

ありがたい限りである。

 

 

私は電話をかけた。

申し訳なさで泣きそうになりながら現状を話すと

 

祖父は待ってましたと言わんばかりに

 

「いくら必要だ?100万くらいか?」

 

と、十分すぎてビビる金額を提示してきた。

 

 

 

ワイ「いや、あの…とりあえず前期の学費足りない分10万円を…」

 

祖父「そうか、とりあえず口座教えて」

 

 

おそらく、私が人生で最も

「ごめん。申し訳ない。」

という単語を使った電話だった

 

 

申し訳なさで体中からいろんな汁がでた。

 

 

 

 

 

後日銀行に行って残高を確認すると100万円が振り込まれていた。

 

 

見間違いじゃないかと何度か確認したが、

やはり桁が一つ多かった。

 

すぐに電話をかけ、振込金額の間違いを伝えたが

もらっておけ!と

 

いやいやと遠慮していると

じゃあ出世払いだ!と返され

 

最終的にありがたく頂戴することにした。

 

 

 

「このご恩はいつか必ず」

 

 

そう固く誓い、

 

最優先事項だった生活保護の受け取り計画は

一旦白紙になった。

 

 

 

 

 

___________________________________

 

【6年生になる1か月前】

 

 

 

祖父からの援助を受けた1か月後、

自分は卒業論文の作成に着手していた。

 

 

調べものをしながら見ていたYoutubeの内容が興味深いもので

 

「あ、これで絶対いい卒論書けるわ」

 

と直感的に感じたのである

 

 

 

気が早くないかと思われるかもしれないが、

ポケモンサークルの先輩に、

卒業論文は提出したけど、要卒単位が足りなくて留年している

という特殊な方がいたため、

卒論を出してから単位を取るという戦法、

それいただき!

といった感じで、超フライングスタートを切った。

 

暇つぶしで様々な発表会に顔を出したり、

 

後輩が書いている論文を

横からのぞき込んだりしていたので勝手はわかっていた。

 

加えて、その苦労もわかっていたのだ。

訂正に次ぐ訂正、

中間報告会での容赦ない指摘、

重箱の隅をつつくような意地の悪い質問に精神が破壊されていく先輩、後輩をたくさん見てきたため、

卒業の際に立ちはだかる最大の障壁は卒業論文であるという知見をすでに得ていたのだ。

卒論と就活の両方を処理していく真っ当な大学生は本当にすごいと思う。

 

 

 

参考文献0冊という絶対に受け取ってもらえないものだが、

自分で言うのもなんだが、かなりいい感じの内容のものが書けたため保存し、

 

指導担当の教授や、大学の様々な課の窓口を訪れ、

卒業までのルートの相談や、

受け入れてくれそうな研究室やゼミを探した。

 

「4年生ですか?」

 

という職員さんや教授の質問に

 

「5年生です」

 

と答えて

ん?という反応をされたときは恥ずかしかったが、

 

とりあえず軽く論文(仮)に目を通してもらい、

転学類の相談、配属先探しの相談など、

 

手取り足取りいろいろと面倒を見てくれた。

本当に頭が上がらない。

 

理系の研究室でも文系のような内容を扱っていたり、

その逆もあったり、

また選考している学科とは違う研究室に入れたりと

けっこう大雑把なシステムの大学だったためなんとかなった。

 

更に自分の金銭的な事情と

卒業までギリギリなことを考慮し、

可能な限りゆるめの雰囲気のゼミにたどり着く。

バイトですっぽかしてしまう日も多々あったが、

別の日に埋め合わせてくれれば問題ないというスタンスだったので

本当に担当の教授には感謝しかない。

 

 

 

色々と奔走した結果、

無事卒業までの道筋を立てることができた。

 

絶対にこの道から外れてなるものかと固く誓い、

 

そこから着実に卒業まで歩みを進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

【6年後期】

 

 

 

たのしい時間は一瞬で過ぎ去るもので、大学6年生は一瞬で過ぎ去った。

 

「貯金通帳の余裕は心の余裕」

 

とはよく言ったもので、

潤いに潤った通帳の残高は、自身の人格も潤していった。

 

 

ポケサーの活動が楽しかった。

夏休みには生存報告も兼ねて

ポケモンサークルの交流会に参加し、

無事に”24歳学生”を名乗ることができた

 

無事 とは 

 

 

また、非公認ではあるが

大学側に登録されるよう教授に掛け合い、

顧問になってくれそうな先生を後輩に紹介してもらい、

交渉の末、サークルとしての活動が大学側に認められるようになった。

教室が借りれるようになり、

活動の幅が広がったうえに、

サークルオリエンテーションのパンフレットに載ることで、

雨の中、事前にチラシを配らなくても

興味をもった学生が見学に来てくれるようになった。

 

 

卒業した後輩と共にOB飲みを企画し、

サークルの現状や、社会人生活での愚痴などで盛り上がった。

 

公務員になり、生活保護受け渡しの窓口に回された後輩に

「もしかしたら貰いに行くかもしれない」

という旨を伝えたところ、

 

「やめてくださいよ。チョクさんの担当したくないですよ。」

と一蹴された。

 

 

...(泣)

 

 

 

 

 

体を動かしたい季節にはバスケットボールに全力で打ち込んだ。

 

当時ゴールデンステート・ウォリアーズがNBAで圧倒的な強さのスーパーチームになっており、バスケットボール界の話題を席巻していた。

暇さえあればニコニコ動画Youtubeを同時視聴するスタイルになっていた自分は、今までしっかりと見てこなかったNBAにのめり込んでいった。

 

TwitterNBAの話題を頻繁に呟くが、実はそんなに視聴歴は長くない。

 

GSWの中心選手ステフィン・カリーの、とんでもない距離からものすごい確率で決まるスリーポイントシュートに感銘を受け、ハーフコートライン付近からのシュートをめちゃめちゃ練習した。

 

シュートフォームや遠くに飛ばすための理論、筋力トレーニングのメニューなど、

知り得たものを片っ端から吸収していった。

 

「サークルの時間になったから行くか」

 

程度のモチベーションだったバスケサークルも、

 

「バスケットボールがしたい!早く体育館開かないかな?」

 

と、開始10分前には必ず到着するようになり

自主練習の時間を1分1秒捻出するのに必死になるくらいに

楽しみなものになっていった。

 

 

 

 OB会なるものにも初めて参加し、

自分が1年生だった頃の4年生にあたる先輩と再会し感動した。

 

追いコンでは後輩を追い出すという異常事態になってしまった上に、

花束を渡し、

社会人になっても頑張れと励ます側の自分が

 

「ありがとうございます!チョクさんも卒業してくださいね!」

 

 と、逆に励まされてしまった。

 

とても励みになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強も楽しかった。

 

 

知らないことが出てくるたびに、

アレも知りたい、これも知りたいと、

調べものが捗った。

 

高校時代や、大学入学時に

「主体的な学びを大切に~」

 

などと偉そうに説教を垂れる諸先生方の言葉が微塵も理解できなかったが、

その意味がようやく分かるようになった。

 

自分から求めにいった知識はスッと頭の中に入ってくる。

社会の教科書を暗記するために、

時間をかけて、何周も読み込み何度もノートに書きこんでいたあの時間が

バカらしくなるくらい膨大な知識が次々と入ってくるのがおもしろかった。

 

 

 

 

 

 

 

卒業した先輩の結婚式にも参加した

 

 

大学始まって最初の最初に知り合った尊敬する先輩である。

卒業してしまった先輩とはほぼ疎遠になってしまうものだと思っていたが、

結婚報告を受け、自宅に結婚式の招待状が届いたときは嬉しかった。

 

 

学生の身だったこともあり、

大した金額のご祝儀は包めないことが非常に申し訳なかったが、

祝いの言葉を届けたい気持ちが大きく、参加の意を伝えた。

 

 

会場は煌びやかで、卒業した同期や先輩との数年ぶりの再会に感動した。

おそらく唯一学生としての参加者だった自分は、

社会人の風格をまとった皆に気後れしつつも、

喋りの感じは大学生のころと全く変わらない面々との再会は嬉しかった。

 

 

 

式は感動した。

 

 

親しかったかつての先輩が全く別の人のように見えたし、

夫妻ご両親の涙につられて泣きそうだった。

何よりも新婚夫妻がとても幸せそうだった。

 

常に暴言と暴力を振るう親を見て育った自分は

 

「結婚なんてお金の無駄!」

「子供なんてただのコスト!」

「彼女との関係も崩壊させる悪魔の契約!」

 

というあまりにも極端な考えを持っていたのだが

そんな拗らせ大学生の思想は180度変わり、

 

家庭を持つということに少しの憧れを抱くようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚式は2次会でお酒を飲んで一泊する予定だったが、

式の雰囲気に完全に打ちのめされていた。

なんだか学生の自分がいることが場違いな気がして自宅に帰ることにした。

 

 

別の先輩に車で送ってもらう中で

先輩の職場についてや、自分の現状について軽い雑談をした。

 

「もっと社会人になりたいと思えるような、希望ある話をしてくださいよ!」

 

と、社畜煽りをかましつつも、

大学生がなんて気楽な身分なのかということを改めて痛感する。

年を重ね、挫折にも似た経験をし、

だいぶ大人になったつもりでいたが所詮は学生だ。

24歳、クソガキだった。

 

 

 会話の中で

 

「チョクならなんとでもなりそうだけどな」

 

という言葉をもらい、

これが大きな後押しになった。

 

 

また、一緒に式場に向かった同期の

 

「大学卒業できなかったらお前と友達やめるわ」

 

という冗談交じりの喝も、

しっかりと心に残っている。

 

 

 

 

 

 

 

来年度で大学7年生になる。

 

卒業後の進路はどうなるかわからないけど

 

とりあえず卒業まで、

もう少しだけ頑張ってみよう。

 

 

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つづく

 

10話→

留年4回したとある大学生の話【第10話】フリーターになろう - @choku1stの雑記

 

 

 

1話→

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記

 

 

 

 

 

 

 

留年4回したとある大学生の話【第8話】はじめてのカウンセリング

 

 

 

【5年後期】

 

 

 

 

 

大学5年生の後期、

私は早々にとても落ち込んでいた。

 

フル出席が必要な科目を、

1日目に落胆確定させてしまったのだ。

寝坊である。

 

 

精神を鍛えるべく励んでいた筋トレが、

寝坊対策効果を発揮できなかったのである。

 

筋肉だけが大きくなり、

積み上げた自信が喪失していった。

 

 

 

 

運よく、後期始まって最初のバスケサークルの活動に顔を出すことができたので、

約半年ぶりのバスケをした。

 

バスケットボールってこんなに軽かったっけか。

筋トレの影響で、バスケットボールの重さは

体感バレーボールくらいになっていた。

久しぶりに放ったシュートは

豊玉戦の桜木花道さながらに、

ボードの向こう側へ落下した。

シュートに関しては、

すっかり初心者クラスになってしまっていた。

 

 

かなしくなった

 

 

 

必死にブランクを取り戻そうとシュートを打ち込んでいると、

後輩たちのとある会話を耳にする。

 

「○○が3年ぶりに大学戻ってきたんだってな」

パニック障害だったらしいよ」

「なにパニック障害って」

「なんか精神的な病気で、人前にでられなくなっちゃうらしい」

「それで大学来れなくなってたのね」

 

はえー、そんな病気があるのか

 

 

最初は聞き流していたが、

次第にその生徒がどのように大学に来なくなったかの経緯が、

徐々に生々しくなり、

どこか他人事のように思えない内容になっていった。

 

心当たりがありすぎたのである。

 

 

会話が終わって試合が始まるまで、

その話の輪に合流し、

ビンビンに聞く耳を立てていた。

 

 

 

活動が終わって帰宅しても、なかなか寝付けなかった。

 

 

会話の内容が頭をぐるぐるして、

カウンセリングに行ってみようかなという気になっていた。

しかし、自分が精神病を患っているなんて認めたくはなかった。

第一、通院するためのお金なんてない。

根性で乗り切らんか

 

 

絶対に寝坊すまいとその日は徹夜して大学に行ったが、

謎の睡眠欲は数日たつとまた発生してしまった。

 

 

はやくこの現状を打破したい。

 

そんな思いからついに、

大学で実施している無料のカウンセリングを受けることを決意する。

 

 

もはや手段を選んでいる余裕はなく、

藁にも縋る思いだった。

 

とりあえず受けるだけ受けてみよう、

病気ではなくただの怠惰な大学生、

そんな診断結果をもらえば前に進めるかもしれない。

行くぞ行くぞ行くぞ。

 

 

 

 

 

 

「――――――当診療科は、完全予約制です」

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

【予約編】

 

 

 

 

 

カウンセリングを受けることのハードルは想像以上に高かった。

 

 

 

 

その扉を叩くための精神的なハードルも高かったが、

物理的にはもっと高かった。

 

 

 

予約は何日も、

よく見るとその次の月の月末までびっしり埋まっており、

奇跡的に空いていたのは1か月後の限定された45分だけだった。

 

 

恐ろしい。

 

心を病んだ大学生ってこんなにいっぱいいるのか???

 

 

そういえば寮にいた頃も、

同じフロアの人間が自◯未遂してたっけ…

 

 

 

知りたくもない事実だったし、

そんな人たちの仲間入りをしてしまうのかと、

来たことを死ぬほど後悔した。

 

 

 

「どうしますか?予約入れますか?」

 

 

少し断りたかった。

しかし現状を打破したいと願う自分も、

その断りたい欲望につばぜり合いをする。

 

 

「ちなみに次開いてる日は...3か月後です」

 

ワイ「予約入れます」

 

 

 

嘘やろ…???

カウンセリングの予約って3か月も埋まるもんなの???

 

有名外科医の手術かよ

 

 

もしかしてこの大学の先生、超の付く名医なのかな

 

 

悩みが解決できるかもしれない僅かな可能性、

それが1か月後に手に入る、

 

更にその次のチャンスが3か月後だと?

 

”カウンセリングの予約が取れるチャンス”

それ自体の希少性を理解した瞬間、即決していた。

 

 

 

大学の闇を垣間見た気がした。

 

1つの大学につき10人くらいは精神科医を配属すべきではないかと本気でそう思った。

 

 

自分は死にたいと思うほど思いつめたことはなかったが、

仮にそこまで追い込まれた大学生がいたとしたら…

 

初診を受ける前にこの世からいなくなるのでは?

 

 

なんて想像をしたらますます恐ろしくなってきたのでやめた。

 

 

 

 

________________________________

 

【初診】

 

 

 

1か月が経過した

 

平日は相変わらず朝起きることができず、

途中からどうせ起きれないならと大学に行くのを諦めていた。

気乗りしなかったためサークルにも顔を出さなかった。

 

生命線である資金源を断っては命にかかわると、

週末のバイトは寝坊回避のため徹夜して向かった。

辛いカップ麺、コーヒー、ブラックガムなど

あらゆる眠気覚ましアイテムを駆使して眠気と格闘する。

休憩時間に睡眠を取ることができるため、

出勤時刻に間に合えば勝ちの精神である。

 

 

 

そんな生活を続けていたもんだから、

なんとか報われたいという思いで初診が待ち遠しかった。

 

ちなみに初診当日も眠気覚ましの三種の神器を用いて寝坊を回避しており、

体調は絶不調の頂点だった。

 

 

 

 

コンニチハ~、予約したチョクです~。

 

 

 

尋ねるとすぐに、

受付でアンケート用紙と体温計を渡された。

 

どうやら最初の15分で体温を測りつつ、

このアンケートに回答して、

その結果をもとに診察するというシステムのようだ。

 

 

 

 

体温計をわきに挟み、

私はアンケートに回答していった。

 

3問くらい答えたところで、

アンケート用紙の全体を眺めて笑ってしまった。

 

 

 

「死にたいと思い詰めることがよくあるか」

自傷行為をすることがよくあるか」

「物を食べても味があまりしないか」

「体がだるく疲れやすいか」

 

 

 

いやいや

これ「はい」って答えるほど

病気ポイント加算されるやつですやんw

 

 

 

ここで予約を断りたがっていた時の自分、

病弱認定されたくないという謎のプライドをもつ自分が出てきて、

 

5.強くあてはまる

4.ややあてはまる

3.わからない

2.あまりあてはまらない

1.全くあてはまらない

 

のような5段階くらいのチェックだったと記憶しているが、

極力1もしくは2に丸を付け続けた

 

お前はなにをやっているんだ

 

 

 

 

アンケートへの回答が終わり、

しばらくすると診察室へ入る許可が出た。

 

 

男の先生だった

 

 

「えーチョクさん、まずは勇気を出してここに来てくれてありがとうございます」

 

 

 

なんか涙が出てしまった。

 

その一言で全身の緊張が完全に解かれ、

ついでに涙腺の緊張も解かれてしまったらしい。

アンケートに不誠実な回答をするという

直前の行動に対する罪悪感もあった。

 

 

スイマセン…と言ってティッシュをいただき、

 

 

 

 

 

 

カウンセリングでは色々なことを聞かれたが、

 

 

アンケート用紙の誘導(?)に意地を張っていた、

ヘンなプライドを持った自分を捨てて、

とにかく質問に正直に答えようと思った。

 

 

また、自分が置かれている金銭的に追い詰められている状況、

やたら寝起きが悪くなってしまった時期や、

その経緯などはかなり細かく伝えた。

 

 

 

 

 

 

カウンセリング終了

 

 

 

 

すっきりした。

 

3か月ぶんのう○こを全部出すぐらいすっきりした。

 

 

しかし先生は頭を悩ませているようだった。

 

 

 

 

「お話は分かりました。

 ただ、私ではなんとも判断しがたいです。

 睡眠導入剤を渡すので、

 とりあえず3日間は様子を見ましょう。

 異変がおこったり、不安を感じたらこちらに電話を。

 そして3日後のこの時間、診療所に来てくださってかまいません。」

 

 

そう言われてとりあえず睡眠薬を渡された。

 

 

診療所には、もう次の悩める大学生が来ているようで

自分も居座るのはまずいと思い、その場を去ることにした。

 

 

アッ、スケジュール埋まってても無理やりねじ込むとかできるんすね

 

 

 

結局病気なのか、そうではないのかは結局わからず終いだったが

睡眠薬なるアイテムを入手したことで、

物事が一歩前進進んだようなきがして嬉しくなったのだ。

 

 

薬をもらっただけでやたらテンションがあがった。

 

 

 

 

その夜、

人生初の睡眠薬だった。

服用の危険性については重々言い聞かされたので、

身辺に危険物無し!

戸締りヨシ!

服装ヨシ!

とチェックをしながら服用して布団に入った。

 

 

体感では、目を閉じた瞬間朝になったようだった

 

中学時代からの習慣で、

いつもは布団に入ってしばらくは、

1日の出来事を頭の中で復習して寝落ちするのを待つようにしていたのだが

そんな暇もなく、

目を閉じて明けると7時間スキップされていた。

アラームが鳴る前に目が覚めてガッツポーズをした

 

 

うおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 

俺は病気じゃねええええええええ!(確信)

 

 

勝ちを確信した。

勝ち確演出だった。

 

これでかつての生活に戻れる!

カウンセリング受けて本当に良かった!

 

睡眠薬様様じゃないか、神のアイテムだよこれは。

 

 

 

テンションが上がりすぎて、

嬉しすぎて、

その日は講義があったが自主休校とし、

1日中ゲームをやり込んだ。

 

寝ざめすっきり、

日中も眠くならないだけでやたら嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

その翌朝

カウンセリングから2日後の朝に電話がかかってくる

 

「チョクさん、明日、診療所に来てください」

 

 

 

”来てもかまいません”と言っていたのに”来てください”とは、

あっ、途中経過のチェックと睡眠薬の補充かな?^^

 

「はい!わかりました!^^」

 

声高に了承し、翌日ウキウキで診療所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【診察2回目】

 

 

 

 

「チョクさん、来てくれてありがとうございます。

 よく眠れましたか?」

 

 

ワイ「はい!!睡眠薬めっちゃ効きました!!^^」

 

 

先生ありがとう、

おかげさまで楽しい日常を取り戻せたよ!

テンションが上がりすぎて

前回の10倍くらいの声のボリュームでしゃべっていた気がする。

 

 

 

しかし

 

「落ち着いて聞いてください。

 実は、チョクさんは少なくとも軽度のうつ状態

 最悪は重度のうつ病、もしくは別の病気の可能性があるということを

 伝えるためにお呼びしました」

 

 

 

 

ワイ「…え」

 

衝撃の事実に声のボリュームは十分の一になってしまう。

 

 

 

先生は続ける

 

「話を聞く限り、ところどころ”うつ”症状はあるのに、

 体を動かしたりできているし、アンケート結果も良好。

 かなり珍しいケースだと思っていたのですが

 会話の中でクズ大学生を自称されていましたが、

 その自覚をし、深層心理では気に病み、

 金銭的な負担を家族にかけさせないという、

 根はかなり真面目なタイプの人間です。

 それでいて自分を奮い立たせるための激しい筋トレ、

 こちらはチョクさんの場合、一種の自傷行為に該当する可能性があります。

 さらには安い白米やプロテイン本当に美味しかったですか?

 云々...」

 

 

自分は全ての質問に「その通りですね…」

 

と小声で答えることしかできなかった

 

精神科ってすげぇ

(後から知ったがこの先生は心療内科だったらしい)

 

 

先生は続ける

 

「しかしうつ病というのは眠れなかったり、

 食欲が出ず食べ物がのどを通らなかったりはするのですが、

 チョクさんの症状はうつ病のものと、

 完全には一致しません。そのため、

 もしかしたら何ともなかったという場合もあります。

 しかしこの睡眠障害は、

 明らかに精神的な部分が原因なので、

 根本を解決しない限り、改善は難しいことは断言できるかと…」

 

 

 

実際は二重、三重のオブラートに包み、

かなり気を遣って事態を説明してくれていた。

 

 

 

ワイ「わかりました。」

 

 

 

 

診療所をあとにし、

事態を全て飲み込み、

帰宅してからは今後の生活をどうしていくか考えていた。

 

 

研究室とこの単位が残ってて…

 

学費がこれくらい必要で…

 

月当たりの生活費がこれくらいで…

 

病院にかかるお金がいくらで…

 

 

 

 

大学に向かう元気は出ず、ほぼ全休した。

 

厳しい現状から逃げるようにゲームをし、

ニコニコ動画Twitterを立ち上げ、

ポケモンを起動し、

wikipediaを眺めてネット上を飛び回る

いつもの廃人スタイルで時間を潰す。

 

 

民間の精神科の受診を勧められたものの、

何か月も先まで予約が埋まっており、

そもそも徒歩圏内にそういった病院がなかった。

受診するためのお金もない。

 

 

マウスとキーボードを脳死で動かし

グラブルを周回しつつアニメを見る

 

時々Twitterをいじっては

 

面白そうな動画を探し、

 

wikipediaを眺める無限ループ

 

睡眠薬は結構な量支給されていたのでゲームが捗った。

 

ニコニコ動画で配信もした。

 

バイトにもしっかり起きれたし、

バイト自体は面白みをなくしていたが、

職場の人間との会話は楽しく、

1日も休むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして充実した準引きニート生活を送っていくうちに

雪が降り、

2月に差し掛かった頃、

 

 

wikipedia上でとある単語のページに飛ぶ

 

 

 

生活保護

 

 

 

 

ごくり…

 

体にビビッと何か電流のようなものが走り

 

一筋の希望の光が

 

再び見えた気がした。

 

 

 

 

__________________________

 

つづく

 

9話→

留年4回したとある大学生の話【第9話】24歳、学生です。 - @choku1stの雑記

 

1話→

留年4回したとある大学生の話【第1話】意識高い系新入生 - @choku1stの雑記

留年4回したとある大学生の話【第7話】勤労学生の苦悩

 

 

【5年前期】

 

 

 

「あれ?!チョクさんじゃないすか!?留年してたんすか!笑」

 

 

バスケサークルの後輩に声を掛けられた。

 

 

「実はそうなの(照)」

 

 

私は大学5年生になっていた。

同期はいなくなり、大学での顔見知りが激減した。

後輩しかいない環境になることは若干の恐怖があったが、

それでも大学やサークルへ足を運ぶことができたのは、

人格がよくできた後輩の存在が大きかったと改めて思う。

 

「また一緒にバスケできますね!今年もよろしくお願いします」

 

という言葉に、嬉しすぎて涙が出そうになった。

 ガチで嬉しかった。

 

 

低身長で童顔だったこともあり、

サークルでは自分が1年生に扮して活動し、実は5年生でしたというドッキリが実行され、激減したはずの顔見知りはすぐさま増えた。

大学側に登録されている情報は4年生のままだったが、

サークルメンバーへのウケが思いのほか良かったこと、

そして自分が今何回留年しているのか忘れないようにするために

5年生を自称することにした。

 

 

大学5年生にもなると

「あいつ留年してるんだってよ~クスクス~w」

という態度を取られ、

冷ややかな視線にさらされ、

後輩から距離を取られ、

この間まで敬語で接してくれていた後輩がため口になることを想像していたが、

それらはなかったため安堵した。

 

 

 

 

 

 

しかしある問題が生じたために、自分の心は全く穏やかではなかった。

 

金銭面である

 

最低限のお金を手にしたら、あとは好きなことをやって暮らそう!

お金が全てじゃない!

というマインドだった私は、超のつく倹約家で、

浪費癖もなくタバコも吸わなかったので、

”最低限のお金”の水準が一般の人間よりも更に低い人種だったのだ。

 

 

ならば何故、金銭的な問題を抱えなくてはいけなくなったのか。

それは母親である。

 

 

実は実家に帰省(※5話参照)した際に違和感があったのだ。

なんか昔と部屋の間取りが違うな、

なんかモノ増えてるな

 

そう、奨学金は母親の手によって使い込まれていた。

最悪である。

 

 

私は激怒した

 

 

自分も完全に盲点だったのが、奨学金が振り込まれる口座は、

自分が未成年だった時に母親が作ったもので、

まとまったお金が必要になったとき以外は利用しない、

言わば緊急時用の家族共用の口座だったのだ。

 

母親の言い分としては、新たに生まれた赤ん坊の養育費は

「短期的に発生する大きいお金なので自分の口座に送金した」

赤ん坊の誕生は緊急事態

 

とのこと。

 

 

 

いや部屋の間取り変わってたし!

明らかにリフォームしたよな!?

 

 

「赤ん坊の部屋必要になるから」

 

 

 

いやそれ小学生になったらでよくない!?

 

 

 

理屈ではなく感情で動く生き物のようで、

こちらの言うことに耳を貸す気配がない。

 

長いこと言い合いが続いた。

 

最終的には

「4年間も留年するなんて親不孝!そんなことのために奨学金があるのではない!」

 

と、要約するとそんな内容の罵声を

色々浴びせられたあたりで言い返すのをやめた。

 

 

そう、留年は”悪いこと”であると考える自分が、

確かにそんな気もすると感じて、気持ちが折れたのだ。

 

とはいえ、

学業を奨励するお金を家のことに使うのはどうなんだ、

という怒りが完全に収まったわけではなく、

 

「てめーとは縁切るわボケ!」

 

と言い放ってスマホを放り投げ、

1時間弱の口論は終了した。

 

体罰、罵倒、なんでもありの母親に

どんな理不尽なことをされても堪えて育ってきた自分が

 

親を”てめー”呼ばわりしたのは生まれて初めてのことだった。

 

お金の恨みは人を根本から変えるのだ。

 

 

ちなみに絶縁してはいないので安心してほしい。

ただ、この事件をきっかけに

 

 

「母さん」と呼んでいた母親のことを

「あなた」と呼ぶようになり

兄弟との会話の中で、母親を指す三人称が

「母さん」から

「母親」になった

 

母さん今日何時に帰ってくるの?

→母親は何時に帰ってくるの?

 

 

子供ができたら、こんな金銭トラブルは絶対に起こしたくないという

反面教師の鑑である。

※親ディスりブログではない

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、

大学生を続けるには大量の資金が必要になった。

 

奨学金を学費にあてつつ、

週2でバイトしてダラダラと生活。

そのうち卒業してフリーター生活。

 

…という計画が完全に白紙になってしまった。

 

学費と生活費をどちらもバイトだけで稼ぎながら大学に通う、

というのはかなりハードルが高かった。

というか、全日制の大学生ではほぼ不可能だろう。

 

休学すればいいのでは?

と、思う方もいるかもしれないが、

大学生なら必ず通過する

 

「ラボ」「ゼミ」「研究室」

 

こいつを倒すのに必要な時間と、

 

「開講年度と時限の被った必修科目」

 

こいつを倒すのに必要な時間を考慮すると、

卒業するためには休学はできなかった。

 

しかもこれらの科目、

省エネ戦法で単位を取ってきた自分にとって、

最難関である「出席」が必須であることが逆風となり、

一気に身動きがとりにくくなった。

 

 

 

 

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【錯乱編①】

 

 

私はとりあえずバイトを増やした。

車を持っていなかったので、

自分の足で行けそうなバイトを探し、

時には車持ちの後輩を誘って距離のある単発バイトにも赴いた。

内職にも挑戦したがコスパが悪すぎてやめた。

 

 

この時期は本当にきつかった。

 

寮のようにいつでも大学と自分の家とを移動できる環境ではなく、

電車による時間拘束も生じたため、

バイトの日程を効率よく組むことができず、

口座の残高が思うように増えないこと、

そして学費の納期が近づくことで、

ガチで胃袋に穴が開きそうだった。

 

納期に追われた結果、

保険で多めに取っていた卒業には不要な単位は切り捨て、

時間をバイトに充てるようになる。

 

もはや学生ではなく、

ほぼフリーターと言って差し支えないスケジュールだった。

 

ストレス要因は他にもあった

サークル問題児に振り回されたり、

大会の日程ともにらめっこしながらポケモンを育成したり、

古戦場走らなきゃいけなかったり…

 

 

いやいやゲームやめればええやん

 

至極もっともなツッコミだが、

追い詰められた人間はそんなことを考える余裕はない。

人に迷惑を掛けてはいけない

 

その一心を胸に、あらゆる活動に対して時間を割き、

あらゆる事象に全力を尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【錯乱編②】

 

 

大学5年目の夏休みになった

 

自分はひどく落ち込みながらバイトに勤しんでいた

というのも、

前期に履修した科目の試験を全て寝過ごしてしまったからである。

 

これまでアラームに気付いたが二度寝

というパターンはあったが、

アラームに完全に気付かない寝坊を、

数日間連続でやらかしてしまうのは初めての経験だった。

更には、午前中に寝坊してしまったが昼間には目覚め、

午後の試験は出れるという日も、

なぜか気が付くと眠っていて起きると夕方になっている日もあった。

 

 

 

ショックだった。

どうして試験日に起きれなかったのだろう。

 

 

そんな後悔の念を抱きつつ、夏休み中盤に差し掛かる。

このあたりから生活が悪い方向に変化した

 

 

暇さえあれば眠るようになってしまったのだ。

 

 

三度の飯よりもゲームが大好きだったはずなのに、

暇な時間にゲームをしない。

 

時々

眠くないな、モチベーションあるから周回しよう!

といった日が訪れてやり込む日もあるが、

基本的には欲求の優先度が娯楽よりも睡眠に傾いていった。

 

 

また、今日は19時からバスケだな!行こう!と決意した日も

日中に眠ってしまい、

気が付いたら21時になっていた、

なんてことも増えていった。

 

 

 

次第に

 

サークルの時間、

ゲームでの通話の待ち合わせ、

果ては友達との待ち合わせにすらも起きられなくなり、

 

「ごめん寝落ちしてた」

 

というメッセージを送信する機会が増えていった。

 

 

 

 

 

何が「ごめん寝落ちしてた」だよ...

 

 

と、私は深く自分を責めた。

 

オンラインの待ち合わせであろうとも、

そこには自分のために時間を作って待っていてくれる”人”がいるのだ。

 

「ネット上の相手も、人であることに違いはない」

「ネットもリアルも、そこには何の違いもない」

 

オタク文化に長いこと触れていた自分は、

そのことを人一倍理解していた。

その上、体育会系の部活やサークルで過ごしてきた身でもあったため、

”人との約束の時間を守れない”自分に激しい苛立ちを覚えた。

 

 

 

※大学の講義開始の時間は守らなくてええんか?というツッコミはナシでたのむ

 

 

 

 

そして、夏休みが終わるころには

バイトに出勤する時間にすら起きれなくなってしまっていた。

 

 

なんて根性のない人間なんだろう、

もう一度心を1から鍛え直さねば。

 

 

 

 

 

そうして、可能な限り毎日ウェイトトレーニングをした。

健全な精神は健康な肉体に宿ると言うしな

 

己の限界を超える!!

 

その一心でベンチプレスを、

普段より重い重量で、より多くのセット数でこなしていった。

 

成果は筋肉になって表れ、

ひと月もすると明らかに自分の大胸筋は肥大していた。

 

成果が目に見えることは自信につながり、

さらに強度を上げていった。

 

 

 

やはり筋トレは気持ちがいい。

 

終わった後の疲労感と達成感は心地よく、

水道水がとてもうまい。

 

 

そしてプロテインがうまい。

極限まで節約していたため、

脱脂粉乳のような味の激安プロテインだったが、

追い込みを激しくしたせいか、うまい。

 

 

さらにはごはんがうまい。

ネットで手に入れた激安の古古古米だったが、うまい。

 

実家では会津コシヒカリというかなり高価な白米を食べて育ったのでコメの味にはうるさいと自負していたが、全然いけるじゃないかとむしゃむしゃ食べた。

 

 

うまい。うまい。

 

 

 

 

 

 

 

うまい。

 

 

_____________________________________

 

つづく

 

8話→

留年4回したとある大学生の話【第8話】はじめてのカウンセリング - @choku1stの雑記

    

 

 

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